ゆいま〜る

〜Learning from past failures and successes〜

タスクに追われる日々の中で、“ぼんやり”がくれた贈りもの

 

1. はじめに:心を落ち着けたくて

仕事に子育てと毎日、時間に追われる生活を送っています。

 

早くタスクを終わらせて、いかに効率よく家事や仕事を片付けて、少しでも心落ち着ける時間を持とうと、なるべく多く読書の時間を取ろうとする。

そのために、毎日を最大限に使おうと努力する日々。

1日を有効活用するために早起きをして、早起きするために夜は9時前には寝ようと焦り出す。

そして朝は洗濯や洗い物などを一気に片付け、「これで自由時間だ」と思っても、その時間にはついスマホタブレットでショート動画を1〜2時間見てしまい、また自己嫌悪に陥る。

“有効活用”しようとすればするほど、心が焦ってしまう。

休みの午前中はあっという間に終わり、午後も「何かしなきゃ」と思っているうちに時間が過ぎていく。

昼食後に15分だけ昼寝しようとタイマーをセットしても、気づけば1時間眠ってしまい、起きたときには少し体がだるくて、無理にコーヒーを飲んでスイッチを入れる。

そんな日々の繰り返しの中で、「どうしても落ち着けない」

「どこか常に焦っている」という感覚が消えませんでした。

 

2. 心の余裕がなくなっていた日々と、小さなきっかけ

そんな状態が続いていたあるとき、自分自身でも「最近、心に余裕がないな」と感じるようになりました。

仕事でも、子育てでも、ほんの少しのことでイライラしてしまう。

「このままじゃよくない」と思い、ある日、本屋で手に取ったのが禅や瞑想に関する本。

「心のゆとりって、どうすれば持てるんだろう?」 「余裕のある人って、どうやってその状態を保っているんだろう?」 そんな問いを抱えながら、少しずつ読み進めました。

そして、自分なりに“余白”をつくろうと意識し始めたのです。

 

3. タスク優先の毎日に感じた焦り

しかし、結果的に私は「効率よく動いて余白を作ろう」

としてばかりでした。

その意識が、さらに自分自身を追い込んでいたように思います。 毎朝タスクを片付け、空いた時間に何かしようと意気込むも、結局はSNSや動画をだらだらと見てしまい、時間が溶けていく感覚。

 

「今日も何もできなかった」

 

と思えば思うほど、翌日はもっと早起きして、もっと動こうとする。

けれど、その繰り返しは、心に余白を作るどころか、ますます狭くしていたのです。

 

4. 意外なきっかけは、子どもとの公園

そんなある日の朝、絶賛イヤイヤ期の子どもが「公園に行きたい!」と駄々をこね、私はしぶしぶ家を出ました。

車なら10分の距離。でもこの日は、駅まで歩き、電車に乗って、わざと遠回りして大きな公園に向かいました。

朝8時半の公園には、子どもの姿はほとんどありません。 太

極拳をしているご年配の方々の静かな動きと、風の音だけが響いていました。

息子と一緒に広場を歩き、遊具で遊んだあと、池のそばのベンチに座り、持ってきたお茶とおやつを一緒に食べました。 ただそれだけの時間。

でも、その「何もしない」静かな時間に、私はふと気づきました。

 

「これが、心の余白だったんだ」

 

5. 気づき:心の余白は能動的に作るものではなかった

今まで私は、「頑張って余白をつくるもの」だと思っていました。

けれど、実際にはその“余白”は、意図せずやってきたのです。

公園で風に吹かれながらぼんやりする。 スマホも本も開かず、ただ子どもと一緒に座る。 そんな時間が、いつのまにか自分の心にスペースをつくっていたのです。

6. おわりに:力を抜くことの大切さ

これからは、「やらなきゃ」ではなく「ただ居る」時間も大切にしたいと思います。

効率や成果だけでなく、何もしない、誰にも急かされない、そんな“心の余白”を過ごす時間。

これからもきっと、毎日は慌ただしく過ぎていくと思います。
でも、その中で少しだけ、何もしない時間を恐れずに過ごしてみよう。
そんなふうに思えるようになったことが、今回の一番の収穫でした。

 

仕事休んで半年。家族と向き合ってわかった「感謝」の気持ち

昨年度、私は休職という形で、合計半年間仕事を休みました。
家には2歳になる息子がいて、保育園に落選したため、妻が育児休暇を取りながら子育てをしてくれています。

それまで私は、フルタイムで働き、日中は家を空ける生活。
掃除、洗濯、食器洗い、ゴミ出しは「自分の担当」と思い、家庭内でもできる限りこれらの家事を引き受けてきたつもりでした。


2歳児と共に過ごす現実

息子も2歳になり、男の子らしく行動が激しく、一瞬も目が離せない日々
おもちゃは散らかし放題、棚の物はひっくり返し、ティッシュは永遠に引っ張り出す。
帰宅すると、物が散らかったリビングにため息をつくことも少なくありませんでした。

しかし、半年間仕事を休み、毎日息子と向き合う生活を送ったことで、その大変さを身をもって知ることになりました。


「地雷原」と化した我が家

まず、散らかった物を片付けようにも、その余裕すらありません。
片付け始めれば息子はすぐ別の場所へ突進し、どこかにぶつかって泣き叫ぶ。

さらに、始まったばかりのイヤイヤ期。
何が癇癪(かんしゃく)の引き金になるか分からない、まるで地雷原を歩いているかのような緊張感。

物をそっと片付けただけで、

「ぎゃあああああーーー!」

と泣き崩れ、床に突っ伏して号泣する。
この状態では、昼食の準備も、買い物へ出かけることも、到底できません。


外に出る準備すら、ひと苦労

息子が「さんぽ!」と元気に言うので、
急いで着替えさせ、靴を履かせ、ゴミ出しがてら外に出ようとした瞬間。

玄関先で彼が放った一言。

「いやだ」

その瞬間、それまでの全労力が水泡と化す。

予定や計画を立てようという考え自体が、甘かったのだと悟りました。


妻の偉大さを知る

半年間の育児生活を経て、改めて感じたのは、
妻の存在の偉大さでした。

私は家事にも育児にも「参加しているつもり」でいました。
しかし、実際には、

「可愛らしくも時に憎らしい生命体」を、
妻は日中一人で本当によく手なずけてくれていた。

——その事実に、ただただ頭が下がる思いでした。

母親である妻が日々行っていることに比べれば、私の努力など足元にも及びません。


これからも、感謝を忘れずに

今年の春、私は職場に復帰し、再びフルタイムで働く日々が始まりました。
しかし、この半年間の経験は、私の中にしっかりと根付いています。

仕事で疲れて帰宅しても、
リビングにおもちゃが散乱していても、
うっかり踏んづけて痛い思いをしても、

まずは、
「今日もこの家を守ってくれた妻へ、心から感謝する」

そう心に決めたのです。


 

休職は逃げじゃない。公務員がメンタルヘルスと向き合い、再び歩き出すまで

「仕事行きたくないなぁ…」

このまま車に轢かれたり、朝起きたら病気になっていたりしたら明日から仕事いかなくて済むのにな…

 

そんな風に思ったことはありませんか? 私は何度もあります。

 

真面目に頑張る毎日の中で、心身のバランスを崩してしまうことってありますよね。

もし、あなたが今、仕事に行くのが辛いと感じているなら、決して一人ではありません。

この記事では、2024年度にメンタルヘルスの不調で休職した地方公務員である私が、休職に至るまでの経緯、休職中の生活、気になるお金のこと、そして復職について語ります。

同じように悩んでいる方、休職という選択肢が頭をよぎっているけれど不安を感じている方にとって、少しでも参考になれば幸いです。

限界のサイン:通勤2時間、そして人間関係のトラブル

私が休職したのは2024年度。春の異動がきっかけでした。

通勤時間は片道20分から片道2時間へ。満員電車に揺られる毎日は、想像以上に心身を疲弊させました。

さらに、「非効率だなぁ」と感じる職場のルールに不満が募り、人間関係にも悩むようになりました。

5月の連休明けあたりから、心のSOSは明確なサインとして現れ始めました。「マイナスのほうに思考が向いてしまう」「他責思考に陥る」ことが増え、

それまでは「あー!明日もあの人と顔合わせるのマジ憂鬱!」程度だった気持ちが、6月には職場の臭いを嗅ぐと吐き気を催すほどに悪化してしまったのです。

「これはもう限界だ」と感じ、藁にもすがる思いで土曜日も診察している精神科に予約を取りました。

意外な診断と、安堵の言葉

症状を医師に伝えると、告げられたのは

適応障害

という診断でした。

 

「今は、職場のことは考えず。休んでください」

 

Dr.の言葉に、正直めちゃくちゃ安堵したのを今でも覚えています。

抗不安薬などが処方されるくらいかもと思っていたのですが、希望すれば診断書を書いてくれ、職場に提出すれば一ヶ月仕事を休めるということでした。

 

思っていたよりもあっさりと、そして意外な診断結果に、どこか拍子抜けしたような気持ちになったのも事実です。

休職までの道のり:上司への相談と制度の説明

診断の結果を職場の上長に電話で伝えると、すぐに面談の機会が設けられました。

春からの出来事、聞いていた人員配置とは異なる現状、そして人間関係の悩みを伝え、診断書を提出。意外にもスムーズに、1ヶ月の休職に入ることが決まりました。

この時、上長から公務員の休職システムについて説明を受けました。

診断書による休みのうち最初の90日は療養休暇として扱われ、給料は満額支給されるとのこと。90日を超えた期間は、給与の8割が支給されるという説明でした。休職期間は最長で1年間と定められています。

私の場合は、1年間で合計90日以上休むことになり、結果として約5ヶ月間休職しました。最初の90日間は満額の給料が支払われ、残りの約2ヶ月間は8割の給料で生活することになりました。

給料が減ったことによる不安は多少ありましたが、その分、心と体を休ませることに集中できたのは大きかったです。

休職中の生活:自分と向き合う時間

仕事から離れ、落ち着いた生活を送る中で、私は改めて自分自身を見つめ直すきっかけを得ました。

トラブルの原因となった人物に対しても、「これは避けられないことだったのかもしれない」「この先も合わない人や予期せぬ出来事は必ず起こりうる」と考えるようになり、そうした出来事をどう受け止め、消化していくかが今後の自分の課題だと気づきました。

 

「事実は変えられない。変えようと思っても変えられないから苦しいのだ。人生は苦であり、求めても手に入らないものを求めてしまうから苦しい」

 

そんな仏教の言葉(渇愛)が、ふと頭をよぎりました。

私の場合は、幸いなことに人間関係でトラブルになった相手が、春の人事異動で別の場所に異動することが決まっていました。そのため、春からの復職に向けて上長と相談しながら調整を進めていくことができました。

一般的に、休職から復職する際には、リワークというリハビリテーションを受けることや、復職前に上司が病院に同席して医師の説明やカウンセリングを受ける必要があると聞いていましたが、私の場合は比較的休職期間が短かったため、これらの手続きなしで復帰できるという説明を受けました。

休職にかかるお金:診断書代は自己負担

休職する上で気になるお金のこと。精神科の診断書の金額は1通5,500円でした。これは保険適用外のため、全額自己負担となります。

診断書は1ヶ月につき1枚が基本とのことでしたので、私の場合は約5ヶ月の休職で5枚、合計27,500円の費用がかかりました。

当時の追い込まれていた自分にとっては、「5,500円で1ヶ月休めるなら…」と、藁にもすがる思いで診断書を受け取っていたのを覚えています。

休職して見えた景色:家族との時間、趣味への没頭

仕事が休みに入ると、時間に追われることなく、自分のペースで生活を送ることができました。

午前5時に2歳の息子に起こされ朝食を与え、一緒に近所を散歩したり、昆虫を観察しに行ったり、平日の空いている児童館に連れて行ったりと、これまで以上に子供とじっくり向き合うことができました。

 

また、趣味のウェイトトレーニングにも思う存分取り組むことができ、ジムのオープンに合わせて毎日通い、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトなどに励む日々を送りました。

休職というと「ずっと落ち込んでいる」というイメージを持たれがちですが、

私にとってはむしろアクティブに、朝から夕方まで活動することが多かったように思います。

家族との時間が増え、自分の好きなことに没頭できる時間を持てたことで、マイナス思考に陥りがちだった私の精神状態は、少しずつ前向きに変化していきました。

復職の日が近づくにつれて、多少の不安はありますが、それ以上に「また新しいスタートを切れる」という期待感を持つようになっています。

働くということ、生きるということ

毎日真面目に働くということは、他のことを考えず、職場と家を往復し、冗談も言わずに仕事に取り組むこと…どこかそんなイメージを私は持っていた気がします。

 

しかし、この休職期間を通して、「人生とは何か」「働くとは何か」ということについて、ほんの少しだけ答えが見えたような気がします。

 

大切なことは、心が豊かであること。

そして、私にとって心が豊かであるとは、楽しい趣味や大切な人との関わりの時間、これらがしっかりと確保されていることだと気づきました。

そうした心の余裕があるからこそ、日々の仕事にも温かい気持ちで取り組めるのではないでしょうか。

最後に

今回の休職を通して、私は自分自身と向き合い、大切なことに気づくことができました。もし今、あなたが辛い状況にいるなら、どうか一人で抱え込まずに、休むという選択肢も考えてみてください。あなたの心が少しでも軽くなることを願っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。あなたの心が穏やかでありますように。

ベンチプレス130kgを1発挙上することができた(18ヶ月ぶり更新)

私は趣味でゴールドジムに通ってトレーニングをしています。

2019年の春から始めて6年ほどになりますが、平均して週に4回ほど

スクワット・ベンチプレス・デッドリフトのいわゆるBIG3を中心

バーベルを使用したウエイトトレーニンに取り組んでいます。

 

トレーニー界隈では

「ベンチプレスの重量を追うことは男のロマン

という風潮があるような気がします。

 

日本人男性の平均は40kgを一回挙上できるかできないか。

という話を聞いたことがありますが真偽の程はわかりません。

しかし私も最初はそのくらいでした。

 

かくいう私もベンチプレスの重量に魅了され、

より重いものを挙上したい

アツい思いを抱いていた一人です。

 

1年目に100kgをクリア

3年目で120kgをクリア

4年目で127.5kgをクリアしてから、

それまで順調(?)に伸びていた重量が伸び悩んでいました。

レーニング記録は表計算ソフトで記録しグラフ化しています

有名どころの5×5ルーティン足上げベンチも3ヶ月〜半年試しても伸びず

高重量低回数にしてみたり、逆に中重量高回数にしてみたりと試行錯誤してやっと

RM換算上は130kgを一発上がる計算になっても

 

実際の130kg挙上は18ヶ月達成できずにいました。

正直、才能や骨格のせいなのかと諦めはじめ、

代わりにこの1年間はスクワットとデッドリフト、加重チンニングの重量を伸ばすことに楽しみを見出していました。

 

 

そこまで伸びなかった

ベンチ再度伸ばすために何をしたのかというと

 

初めてパーソナルトレーニングを受講し、

パワーリフティング日本記録保持者のプロのトレーナーからマンツーマン指導を受けたことです。

 

理由は単純!

「重量伸ばすのならリフターに聞くのが一番でしょ!」

 

それまでの私は、書籍等で身につけた知識と、YouTubeで観たトレーニング方法を実践していました。

 

でも、知識先行型のトレーニングでは、

自分の頭でイメージしている身体の動作と

実際の動作が合っているか

答え合わせができないという罠があったのです。

 

結論、受講して大正解でした。

 

一番の発見はレッグドライブの使い方です。

 

YouTubeや「スターティングストレングス」等で紹介されているように

ブリッジを組んだときに足で踏ん張りお腹のあたりを頭の方向に押し、胸郭を上げる。

このレッグドライブの動作でブリッジを高く、体幹部を固くすることができる。

(説明は簡易的なのであしからず)

というのは知識としては知っていて、自分でもできているつもりでいましたが

実際にトレーナーの前でやってみると、

全くレッグドライブが足りていないことを指摘されてしまいました。

 

教わった動作は自分のイメージしていた体制の3倍は足に疲労がたまり体幹部は力みすぎて痙りそうになっていました。

 

「これが、リフターの正しいフォームなんだ…」

 

と、文字通り、身体で知ることができました。

 

そのフォームを実践すること2ヶ月あまり、

「たまに高重量も持ってみて、フォーム崩れないか確認したほうがいいですよ」

 

とトレーナーに言われたので因縁の130kgにチャレンジ。

 

気合を入れてブリッジを組んで

息を逃さないように軽く吐きながらラックアップして

 

「ふぅっ…」

「すぅ〜……」

 

っと思い切り吸い込んでバーをバストトップにゆっくりと降ろす

 

すると、自分でも「アレ?」と思うくらい

すんなりと成功することができました。

 

多少ケツあがっちゃうかなと思ったのですが、ケツ付けたままかなりストリクトに上げることができたと思います。

 

18ヶ月、1年半もの間、成果が出ず、100kgを10回3セットとかやって帰る日々

むしろ弱くなってる時期も有りました。

インクラインベンチをやっているときに大胸筋上部を切ってしまったときも有りました。

 

諦めないで継続ができたのは、ひとえに好きだったから

 

この経験から学んだことは2つ

 

①好きなことじゃないと何事も続かない。

・好きなことであれば、成果が出ない時期も楽しめる。

 

②うまくいかないことがあれば、人に聞いて、愚直に実践する。

・うまくいっている人をTTP(徹底的にパクる)する。自己流は捨てる。

 

 

できないことができるようになっていく。

いくつになっても成長することができるという自信。

それこそが成人してからの生きていく楽しみだと感じています。

それを子どもにも示していけたらいいな

SquierのClassic VIBE 60s ストラトキャスター購入記

中学校3年生の頃アコースティックギターを知り合いから譲り受けて練習を始めて

基本的な弾き語りの技術を身に着けて満足していました。

 

大人になって、当時高額に思えたギターにも手が届くようになり

レッチリ吉井和哉が好きなので

エレキギターもやってみたいと思いたち、購入するべく

楽器屋を数件回ってみました。

試奏って何歳になっても緊張する。写真はイメージです

やはりストラトキャスターといえばFenderというイメージがあったので

FenderPlayerⅡHYBRIDを何本か弾いてみました。

同価格帯でYAMAHAのパシフィカ612も候補にあり、比較させてもらいました。

 

結果、自分の耳には違いがあまりわかりませんでした。

そのためSquierclassic vibe 60sサンバーストにすることに決めました。

Elixirのスーパーライトゲージに張り替えました。ステッカーは剥がせないタイプの人間

決め手としては、

ローズ指板であること(本製品はローレル指板)

リアシングルのPUであること

ラージヘッドではないこと

 

指板についてはアコースティックギターと同じ要領で管理できそうだと思い

リアPUがシングルコイルなのと通常ヘッドがいいのは

スタンダードなストラトキャスターを弾いてみたかったからです。

 

 

価格は約¥60,000楽天ポイント2000円くらい使用)

Fenderの替え弦も付けてくれました。

ギターセカンド童貞の自分にとっては十分高級機です。

 

新品のギターを弾くのは初めてだったのでチョーキングの練習のたびに

フレットがガリガリと削れてしまうのが本当に耐え難かった。

 

これは弦をエリクサーに変えたら改善しました。コーティング弦のほうが滑りがいい気がします。

 

定番の「いもむし」練習やCメジャースケールなど、メトロノームに合わせてここ数ヶ月は夜な夜なコソコソと練習しています。

 

ギター練習はデジタル・デトックスすることもできて、体の感覚にも集中することができるのでメンタルの安定にも良い気がします。

 

社会人になって高いギターを買うことができるようになっていても、

自分には宝の持ち腐れに感じてしまうというか

 

店頭で出会った高級ギターに対しても

 

「君にはもっと上手に弾いてくれる人がいるさ…」

 

体の良い言い訳をするダメ男のようなことを心のなかで思いながら去ってしまう

 

たくさん練習をして

いつか、君に似合う男になって迎えに行くからね。必ず

 

できないことができるようになっていくということは

いくつになっても自己肯定感を上げてくれると感じてる最近です。

鬱が悪化すると約束守れなくなるから自分を責めて負のループに陥る気がする

先日、メンタルクリニックに定期通院に行った。

 

私は2016年に「パニック障害適応障害」→2017年に「躁鬱」と診断されました。

そこからメンタルクリニックに通いはじめてもうすぐ10年になります。

最初は頼りきりだった抗不安薬の服薬を一切辞めて、ウエイトトレーニング中心の筋トレと、食事改善、読書を始めて6年。

今では薬に頼らず生活することができるようになっています。いつの間にか。

 

今通っているメンタルクリニックには

当日のキャンセル連絡は◯分前までに!

 

としつこいほど書かれています。診察券の裏側にも記載されています。

当日連絡せず、来院しない人が多いのかも

いや、連絡すらできないのかも。

 

症状が酷かったときには定期通院が非常に辛かった。

通院だけじゃなくて、人との約束全てが億劫

に感じてしまっていた覚えがあります。

 

例えば美容院。

 

明日は午前中、髪切るぞ!休日を有効活用だ!

 

って張り切って前日に予約するも、薬飲んで起きたら14時だったり

 

起きれて準備も終わってるのに

急に気が重くなって電車に乗る時間の直前まで体が動かなくなったり

 

「さすがに連絡しなきゃまずい!」と

 

キャンセルの連絡入れようと思うんだけど、スマホ握って電話番号まで打ち込んでいるのに

発信ボタンをタップできないまま悶々とする。そのまま時間切れ。

 

うわー。またやっちゃったよ。

 

これが何回も何回もありました。

 

約束すら守れないのかよ、俺は

 

メンタル改善しようと行動起こそうとする

行動できず、失敗

自信なくしてさらにメンタル落ち込む

 

と何度も責めてしまって落ち込んで自信なくして負のループ

 

とりあえず、眠る。

 

ようやくキャンセルの電話かけられたときも、成功経験と言えるものではなく

電話を切った瞬間に「ホッ・・・」とため息。ドッと疲れが。

 

もうそれだけで一日のHPを消耗してしまうような感覚でした。

 

「キャンセルしてマイナスに思われていないかな」と

勘ぐり始めたらもう思考の収拾がつきません。

 

今ではこうして自分の状況を振り返って、あの時こうだったなぁと思えますが

その状況下にいる人にとっては毎日が戦いですよね。

 

きっと今通っているクリニックにも同じように

苦しんでいる人がたくさん通っているのだろうなぁとふと思いました。

 

今後も生活改善で心身を整えて生きていけたらいいと思っています。

アウトプットすることで思考が整理されていく気がする

書くことは考えること

はてなブログを始めました。



理由は、

日々の学びや感動をアウトプットする

場所が欲しかったからです。

文字に起こすことで客観的に見つめ直したり、時間が経ってから振り返ったときに、自分自身がどう感じ、どう表現したのかを記録しておきたかったから。

 

オフラインのメモ帳でも良かったのかもしれません。

しかし、誰かの目に触れる可能性が少しでもある方が、自分の文章と真剣に向き合える気がしたんです。

文章力の向上と、継続することへのプレッシャーを、良い意味で自分に課すために、

オンライン上に書くことにしました。

 

学生時代まではX(旧Twitter)で、日々の気づきをつぶやき、それなりに楽しんでいました。

いつまで(旧Twitter)と呼ぶのだろう

でも、フォロワーがほとんど友人だったこともあり、真面目なことばかり呟いていると、変に思われるんじゃないか、とか、

読み手によって感じ方が違うだろうから、不快に感じる人がいるんじゃないか、とか、そんなことを気にするようになって、年々自由に利用することができなくなってしまったんです。

Xが悪いわけではなく、これは多分、私の性格上の問題だと思います。(INFJ

 

Xのアカウントを削除してからは、Instagramに趣味や家族の写真を載せていました。

でも、Instagramは投稿もストーリーも「写真・動画」がメインコンテンツに感じられて、「文字」は補足程度に思えて、少し寂しかったんです。

本当は、写真一枚一枚に思い出があって、語りたいことがたくさんあるのに、と。

 

時代的に今は、視覚優位の時代なのかもしれません。ユニバーサルデザインの浸透もあるでしょう。

写真・動画で一瞬にして伝えられる情報量と具体性には、文字は到底及びません。

「トイレ」と書かなくても🚻のマークだけで多くの人がトイレだと認識することができます。でも一方で、視覚的情報は解釈が一方向になりがちな気もするんです。

それから得られるものはそれ以上でも以下でもない

 

私は、文字にしてゆっくりと、日々の出来事を咀嚼しながら、味わって自分の血肉にしていきたいと思っています。

文字は読み手によって解釈が異なり、時には誤解を招き、時が早ければ全く響かないものも

後日見直せばガツンと心に響く、ということがよくあると

職業柄、文章や文字を多く扱うので、痛感しています。

そこが、文章の難しさであり、面白さでもあると感じます

 

自分の感じたことを頭の中で整理しながら、自分の本心と向き合っていければ、

より良い人生を送れるのではないかと願っています。