ゆいま〜る

〜Learning from past failures and successes〜

仕事休んで半年。家族と向き合ってわかった「感謝」の気持ち

昨年度、私は休職という形で、合計半年間仕事を休みました。
家には2歳になる息子がいて、保育園に落選したため、妻が育児休暇を取りながら子育てをしてくれています。

それまで私は、フルタイムで働き、日中は家を空ける生活。
掃除、洗濯、食器洗い、ゴミ出しは「自分の担当」と思い、家庭内でもできる限りこれらの家事を引き受けてきたつもりでした。


2歳児と共に過ごす現実

息子も2歳になり、男の子らしく行動が激しく、一瞬も目が離せない日々
おもちゃは散らかし放題、棚の物はひっくり返し、ティッシュは永遠に引っ張り出す。
帰宅すると、物が散らかったリビングにため息をつくことも少なくありませんでした。

しかし、半年間仕事を休み、毎日息子と向き合う生活を送ったことで、その大変さを身をもって知ることになりました。


「地雷原」と化した我が家

まず、散らかった物を片付けようにも、その余裕すらありません。
片付け始めれば息子はすぐ別の場所へ突進し、どこかにぶつかって泣き叫ぶ。

さらに、始まったばかりのイヤイヤ期。
何が癇癪(かんしゃく)の引き金になるか分からない、まるで地雷原を歩いているかのような緊張感。

物をそっと片付けただけで、

「ぎゃあああああーーー!」

と泣き崩れ、床に突っ伏して号泣する。
この状態では、昼食の準備も、買い物へ出かけることも、到底できません。


外に出る準備すら、ひと苦労

息子が「さんぽ!」と元気に言うので、
急いで着替えさせ、靴を履かせ、ゴミ出しがてら外に出ようとした瞬間。

玄関先で彼が放った一言。

「いやだ」

その瞬間、それまでの全労力が水泡と化す。

予定や計画を立てようという考え自体が、甘かったのだと悟りました。


妻の偉大さを知る

半年間の育児生活を経て、改めて感じたのは、
妻の存在の偉大さでした。

私は家事にも育児にも「参加しているつもり」でいました。
しかし、実際には、

「可愛らしくも時に憎らしい生命体」を、
妻は日中一人で本当によく手なずけてくれていた。

——その事実に、ただただ頭が下がる思いでした。

母親である妻が日々行っていることに比べれば、私の努力など足元にも及びません。


これからも、感謝を忘れずに

今年の春、私は職場に復帰し、再びフルタイムで働く日々が始まりました。
しかし、この半年間の経験は、私の中にしっかりと根付いています。

仕事で疲れて帰宅しても、
リビングにおもちゃが散乱していても、
うっかり踏んづけて痛い思いをしても、

まずは、
「今日もこの家を守ってくれた妻へ、心から感謝する」

そう心に決めたのです。